村上隆が語る、若冲の魅力

鳥獣花木図屏風

伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」(左隻)

アニメ風のキャラクターをモチーフにした絵画など、オタク的な作風で海外でも人気の現代アーティスト、村上 隆。作品にはアニメだけでなく浮世絵や琳派といった日本美術を引用したものもあり、「スーパーフラット」をキーワードにした論考など、独自の視点から日本美術史を分析している。プライス夫妻とも親交が深い村上さんが見る若冲の魅力とは?

初めて見た若冲の絵は何ですか。

何かの本で「仙人掌群鶏図襖」(西福寺蔵)を見たのが最初です。金箔を貼った地にサボテンと鶏の群れが描かれた絵ですね。その当時僕は京都画家のパンリアル協会に属する下村良之介という画家に傾倒していたのですが、彼の描いた闘鶏の絵が若冲に大きな影響を受けたものだったんです。これが若冲ワールドへの入り口になりました。
僕が学生だったころ若冲はアート系の雑誌でも特集されていましたが、「江戸のマニエリスム」といった紹介のされ方が多かったんです。でも辻 惟雄先生が「奇想の系譜」で発明された"寄想"という言葉の方がマニエリスムよりもしっくりくるのではないかと思います。
またジョー・プライスさんは1950年代、日本でも若冲がほとんど評価されていない頃からコレクションを始められました。そのコレクションはこれまで何度か国内外の展覧会で紹介されています。とくに2006年に開かれた「若冲と江戸絵画」展は圧巻でした。若冲について知りたい、という方には「奇想の系譜」とこの展覧会のカタログは必見だと思います。

村上さんは若冲の絵の
どこに特に惹かれますか?

強い正面性と平面性ですね。とくに絵画を構築する構図の設計図が非常に直線的であるところに惹かれます。僕の絵画を作る設計図も若冲に似ているところがあると思います。

紫陽花双鶏図

伊藤若冲「紫陽花双鶏図」

新たにわかった若冲像が、絵の見方を変えてくれる。

若冲は生涯結婚しなかったなど、いくつかの事柄以外の人となりについては
わからないことも多いのですが、村上さんは若冲がどんな人だったと思いますか。

若冲は京都の青物問屋の長男だったのですが、家業には興味がなく、家督を弟に譲って好きな絵ばかり描いていた、というのがこれまで考えられてきた彼のイメージだったと思います。仕事もせず、趣味の絵にのめり込むオタク的な人物像ですね。ところが近年、「京都錦小路青物市場記録」という冊子の中に、市場の「差し止め」(営業停止)を申し渡した奉行所に対して若冲が粘り強く交渉し、市場再開にこぎつけるまでの経緯が書かれていることが明らかになってきました。奉行所の理不尽な税金の請求に対して断固として、しかしただ薮から棒に反対するのではなく、冷静かつ政治的に対処しているのです。考えてみれば、あれだけ精緻な絵が描けるということはそれだけのマネジメント能力があったということ。彼が決して単なるオタクなドラ息子ではなかった、ということが立証されてよかったと思います。

伏見人形図

伊藤若冲「伏見人形図」

生きるために描いた絵のリアリズムににじみ出る人間性。

若冲は一説には80歳まで生きたと言われています。
当時としては長命ですが、晩年には火事にあうなど苦労もあったようですね。

僕が最初に見た「仙人掌群鶏図襖」は天明の大火で若冲の家が焼けてしまい、絵を売って生活しなければならなくなってから描いたものです。この他にも若冲は勢いのある筆致でさらっと描いた水墨画や、かわいらしい伏見人形図を量産して生計を立てていました。この頃の彼の絵には「米斗翁」と署名されたものがあります。米一斗のかわりに墨絵一枚を描いた、という意味です。
もちろんその前に描いた「動植綵絵」(宮内庁三の丸尚蔵館)などもすばらしい、歴史的価値のある作品ですが、僕はやっぱり食うに困って作った絵画の迫力やある種のリアリズムに強く惹かれます。こんなことから若冲は人生にまみれて、悲喜こもごもの毎日を過ごしたとても人間くさい人なんじゃないかと思うようになりました。また、そうでなければあれほど感情豊かで幅広い表現力のある絵は描けないと思うんです。

葡萄図

伊藤若冲「葡萄図」

日本文化への深い敬愛と感謝の念が実現させた、空前絶後の展覧会。

今回はアメリカにあるコレクションが、
東日本大震災復興支援の一環として、
東北の3美術館でのみ展示されます

プライスさんは日本の文化に対して深い敬愛と感謝の念を持っておられます。今回の展覧会はその感謝の気持ちが結実したものだと思います。日本人が今もっとも親しみを持っている若冲の作品を、地震や津波だけでなく風評被害にも苦しんでいる東北の地で見せるという素晴らしい試みをしてくださっています。

プライスご夫妻には何度も会われて
いるそうですが、お二人はどんな方ですか。

悦子さん、ジョーさんのお二人でひとつのような本当に仲のいいご夫婦です。特にプライスさんはフランク・ロイド・ライトとも親交があるなど建築の素養もあり、ものごとを論理的、建築的に考えておられます。たとえば若冲の時代には電球やスポットライトなどありませんでした。であればその絵が描かれたのと同じ日本家屋のほの暗い環境で観るべきでは、といったことにも配慮されています。実際にご自宅では、和ろうそくの光で襖絵を観賞されたりしているようですね。
プライスさんご本人も極めて温厚な、すばらしい人柄の方です。そのプライスさんが何かに操られるようにして若冲や江戸期の日本画を大量に集めることになった。そのことに数奇な運命というものも感じます。

村上 隆

1962年生まれ。現代アーティスト。「MURAKAMI VERSAILLES」(2010年、フランス)「Murakami- Ego」(2012年、カタール)など国内外で展覧会多数。アーティストのマネジメント、ギャラリー等を運営するアートの総合商社「カ イカイキキ」の代表でもある。著書に「芸術企業論」(幻冬舎)、「創造力なき日本」(角川書店)他。

村上 隆

photo/
Chika Okazumi